
Drawing the Beauty of Engineering YAMADA JIRO
Technical Illustration Archive
Curated by Il Museo della Cinquecento
Voice
山田ジローと親交があった方より、作品のこと、山田ジローのことを語っていただきました。
山田ジローさんには、私が声優の一年生の頃から応援を頂いていました。
こだぬき会というファンクラブ会報に畏れ多くもカットを描いて下さいました。
年賀状に頂く透視図には人間業と思えない!と、いつも魅せられていました。
ご活躍の場を広げたいとの意向を受けて、タツノコプロダクションへご紹介すると、案の定スルッと受け入れて頂けて、私が鼻高々になったものです。
もう何十年も前の話です。
私よりあんなに若いのに、先に旅立たれるなんてショックです。
私の心の中には、ジローさんはあのまん丸で寡黙で照れたお顔がずっと住みついています。
そのジローさんに呆れられない様、もう少し頑張ってみようかなぁと思います。
会報の裏表紙に描いてくださった自画像が見つかりました。
合掌 一龍斎春水/麻上洋子

麻上洋子F・C こだぬき会 会報
昭和54年7月31日発行
代表作アニメ
『宇宙戦艦ヤマト』のヒロイン・森雪役
テクニカルイラストレーター
大内誠
山田さんとは、1980年代頃、山中湖のアバルト美術館でお会いしたのが最初だったと記憶しています。
その後は名古屋のイベントなどでお会いし、最近ではFacebookでやり取りをすることが多くなっていました。
透視図という仕事は、時代と共に少なくなり、同業の方々も次第に筆を置いていきました。
そんな中で、私と山田さんは数少ない“現役組”として描き続けてきた存在だったと思います。
透視図は、通常のイラストの何倍もの時間がかかります。
他の人が3点描いている間に、ようやく1点完成するような世界です。
それでも続けてしまうのは、
機械の中に隠された構造や謎を、一つひとつ解き明かしていく喜びがあるからです。
一か月悩み続けても、描けた瞬間にその苦労を忘れてしまう。
山田さんも、きっと同じ気持ちで描いていたのだと思います。
何枚描いても満足することはなく、
「次こそは、もっと良いものを」と描き続ける。
それは今の私も変わりません。
山田さんも、まだまだ描きたいマシンがあったことでしょう。
志半ばで旅立たれたことが、本当に残念でなりません。
私も77歳になりましたが、今でも描き続けています。
きっと、筆を持てる限り続けるのでしょう。
山田さん。
そちらでも描いていますか?。
私もいつか、そちらでまたご一緒できると思います。
それまでは、お互い筆を休めずにいましょう。
こちらでは、本当にありがとうございました。
また会いましょう。

illustration 大内誠
TOYOTA 2000GT
チンクエチェント博物館
代表 伊藤精朗
山田ジローさんと初めてお会いした時のことは、正確には覚えていません。
それはきっと、あまりにも自然な出会いだったからだと思います。
私がスロットカーに夢中になっていた頃、ジローさんは私のクルマの専任メカニックのような存在でした。
「こんな走りにしたい」「昔のこの仕様にしてほしい」という無理難題を、彼はいつも当たり前のように、いとも簡単に形にしてくれました。
驚いたのは、その手の動きです。
カッターや筆を迷いなく動かす、無駄のない所作。
それはまさに、構造を知り尽くした“職人”そのものでした。
彼の描く透視図(イラスト)が、なぜこれほどまでに人を惹きつけるのか。
その理由は、彼が単に絵が上手い人ではなく、
「機械の本質と構造を、手で理解していた人間」だからです。
彼は亡くなる数日前、その大切な作品群を私たちに託してくれました。
それは、彼の技術と思想を次世代へ繋いでほしいという、静かで、しかし確かな意思だと受け止めています。
チンクエチェント博物館では、これらの作品を単なるアートとしてではなく、
「失われてはならない自動車文化の記録」として、責任を持って保存・紹介していきます。
そして、私たちがジローさんから受け取った「本物」という信頼を、そのまま皆様の手元へお届けすること。
それが、山田ジローという名前に恥じない私たちの使命です。
また、これらの作品は限られたアーカイブであり、同じ形でご紹介できる機会は多くありません。
一つひとつの作品が持つ価値を、正しく伝え、正しく残していくために。
その役割を、これからも丁寧に果たしていきます。
チンクエチェント博物館
館長 深津浩之
山田ジローさんとは、30年来のお付き合いになります。出会いは、前職の同僚からの紹介でした。
その同僚が若い頃、ジローさんと一緒にSF同人誌を制作していた縁で、私もご自宅に伺い、制作の様子を見せていただいたのが最初です。
当時はまだ製図版を使い、すべて手描きでイラストを制作されていました。その精密さと集中力は、今でも強く印象に残っています。
その後、ジローさんがPCでの制作へ移行する際、Adobe Illustratorの操作を一緒に確認する機会もありました。新しい技術にも真摯に向き合いながら、ご自身の表現を磨き続けていた姿が印象的です。
チンクエチェント博物館を立ち上げた際には改めてお声がけし、作品の展示・販売も行ってきました。ジローさんご自身もフィアットを愛されており、博物館にもたびたび足を運んでくださっていました。
こうして長い時間を共にしてきた中で感じるのは、山田ジローという作家が、単なるイラストレーターではなく、「時代や技術を越えて、機械の魅力を描き続けた記録者」であったということです。
現在、直接お会いすることは叶いませんが、その作品と、そこに込められた時間や思いは、確かに残されています。
チンクエチェント博物館では、これらの作品を自動車文化の記録として適切に保存し、紹介していきます。
そして、その価値を理解し受け取ってくださる方へ、責任を持ってお届けしていきます。これらの作品は限られたアーカイブであり、次にご紹介できる機会は多くありません。
ジローさんがフィアットを愛し、共に歩んできたこの場所だからこそできる形で、一つひとつの作品を大切に、皆様の元へお届けしていきたいと考えています。